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フェスについて思うところ

フェスと聞くとどのフェスがまず思い浮かべられるか。

 

サマソニフジロック、ロッキンなどが多いのかな。人によってはa-nationとかレディクレが出てくるのかもしれない。

 

今やインディーズのみでのフェスやアイドルフェスまでとそこら中で一年中フェスが行われている。

これは多くのバンドやアイドルがより多くの人に見てもらえるよい機会だとは思っている。

それに住み分けがブッキングの段階でなされている為、特定のジャンルが好きな人はそれ中心のフェスに行くことで大満足できる。それもいいことだ。とかく言われる地蔵問題も起こりにくい。

 

実際フェスという文化はこの数年で盛り上がっている。これは事実だ。しかしこの現状が良くないのではと思う自分もいる。

 

何を心配しているかというと、ガラパゴス化。住み分けがはっきりとしすぎる事を心配している。

 

確かにSNSでもわかるように同じ趣味の人同士が集まり、共通項について語り合ったりすることはとても楽しいことだ。しかしその内側の結束が強くなればなるほどそのジャンル独自の文化が発生し、外を受け付けなくなったり、外に興味を示さなくなるのではないかと思う。

 

簡単にいえば、思わぬ出会いが発生し難い環境が出来上がってしまうのではないかと。

 

それにリスナー同士が内側に溜まり、アーティストがそこでライブをする。これもアーティストからしたら盛り上がること間違いなしだろうし、新たなファンも獲得しやすい。だが、淘汰されたりする事がなくなってしまうのではないかとも思う。

 

他ジャンルの中で、歓迎されていない中で演奏をし、パフォーマンスを見つめなおしたり、楽曲を見つめなおしたりする機会はもっと生まれるべきではないか。

 

なにをやってもウケがいい中で本当に評価されるものは生まれるのか。

 

どうも疑問がのこる。

 

いうなれば今の現状は料金を払えば食べ放題のお祭りがあり、そこの露店はフランクフルトのみ。そして、その祭にはフランクフルトを食べたい人間が集い、盛り上がっている。その状況ではフランクフルト好きのためのフランクフルトしか作られないのではないか。と疑問を持っている。

 

同じ祭でも露店をフランクフルト、綿菓子、はしまき、りんご飴、くじ引き、射的、金魚すくいなどなど、もっとごった返した状況の中で他が目当ての客が食べたくなるフランクフルトを目指す環境の方がいいのではないか。

 

パフォーマンスで目を引いたものの「普通のフランクフルトだね〜」と評価された後に、奇抜なフランクフルトを作るのか、単純に誰もがうまいと感じるフランクフルトを目指すのか店側が努力する環境が必要な気がする。

 

今の現状では「普通のフランクフルトだね〜」と評価されると、「これの良さがわからないなんてなにもわかっていない」と提供側が一蹴しているように思える。

 

飲食であれば同じ食べ物の中で淘汰が生まれるが、今の音楽シーンでは同じジャンルの中での淘汰がどうも弱い気がする。あれもこれもいい状態。

 

それに加えインディーズのみのフェス。これは大学祭の露店のようなものだ。ごった返している様子もない。

 

 

 

別に今のフェスの流行りを縮小しろとは思わないけども、もう少し括りを大きくした方が後々の名作や名アーティストを生まれるのではないかと思うわけです。

 

それに誰もが企画すればフェスかできるより、いつの日かよばれるぞ!と躍起になった方がもっと盛り上がるんじゃないかな。「あいつ選ばんとか運営わかってない!俺らで盛り上げて来年はよばれるようにしてやろうぜ!」とファンが盛り上がったり、「来年はよばれるぞ!」とアーティストが頑張るきっかけにもなると思う。

 

現状、ぬるま湯のような状況ではなく、激しい争いがあるのかもしれないけども、「このまま」現状が進むとぬるま湯になるし、志が低いし国民を納得させるアーティストが生まれないかもしれない。それはとても寂しい事だなと思うわけです。